「お庭と夢の伝道師」山口佳久について④

こんにちは!
「夢とお庭の伝道師」京都の造園店グリーンプラスのサファー庭師こと山口佳久です!
毎日をありがとうございます。

今朝の京都は小雨がパラついていて、涼しい朝ですした。
みなさん、お盆休み満喫されておられますでしょうか?
僕は今、家の近くのスタバでブログを書いています。


新しい僕の相棒のMacbook・・・軽くてデザインがシンプルでいい

さて、以前から書いている僕の自己紹介の続編
今回で第4回目。
まだ、以前のを読んだことがないよ〜〜って方は読んでみてね。

得意なこと、好きなことで僕は認めてほしかったんだ

今回は僕の子供時代のお話です。
僕は昭和50年に家業である造園屋の長男として生まれました。
神経質で気の短い職人気質の父親と大雑把で楽観的な母親。
真逆の両親の元で僕は育ちました。

父親の口癖は「早よせい!」
とにかく何をするのも早くて正確にできないとよく怒られた。
「しなければいけない」「こうあらなければいけない」
もうガチガチの職人基質&常識の塊
僕は父親と時間を共にすることが多かったので
僕の潜在意識はほぼ、父親に刷り込まれています。

そしてその真逆の母親。
なんでも適当で好きなことをし、いつも大好きな鉢植えの花や甘いものを
買ってきては、よく父親に怒られていました。
まぁ〜〜全く反省なし(笑)
だから家の周りじゅう、鉢植えだらけ(笑)
今から思えば、母親はとってもハッピー思考でした。
問題が起きても「まぁ~~なるようになるよ~~♪」
とっても幸せな性格。
僕はそんな楽観的な母親に対していつも怒ってばかりでした。
まったく届かなかったけどね(笑)
豆腐に釘を打つ以上に手強い(笑)

そんな環境で育った僕ですが
父親の職人基質のお陰で、、僕は絵を書いたり、物づくりをしたりするのが
とっても好きでした。

小学1,2年生の時は漫画を書くのが大好きで
毎日のようにトレース(写す)して漫画を書いていました。
それ以外の記憶ってほとんどないんですよね。
あっ!あるとしたら授業中にお漏らししたこと(笑)
小学2年生の冬でした。
北校舎(陽の当たらない校舎)の一回の教室でとても寒かった。
授業中、何度も何度もトイレに行きたくなり
先生に何回も何回もお願いして行かせてもらいました。
確か5回目くらいだったと思います。
僕が何回も何回も行くものだから、先生がおかしいと思ったんでしょうね。
許可をもらえなかったんです。
小学2年で授業をサボるわけないのにね(笑)
我慢に我慢をした結果、教室で・・・・・(笑)
先生、とっても謝っていたなぁ~~家まで送ってくれましたしね。
そんな2年生の時の思い出です。

小学3、4年生の時は詩を書くことが好きでした。
担任の先生の影響です。
自分の表現を誌にすることで、表現方法や想像や背景などを思い浮かべました。
そんな誌を京都新聞に何度も送って、新聞によく掲載されました。
するとね、京都新聞から500円の図書券がもらえたんです。
小学3,4年生からしたら自分で稼げる500円はとっても価値があるもので
その図書券を持って、よく漫画を買いに行ったのを覚えています。
その当時、とっても印象に残っているのは
友達の西尾くんが書いた「かつお節のフラダンス」って詩
今でも内容を覚えているくらいのインパクトのある詩でした。

そして小学5、6年生の時は版画や風景画を書くのが好きでした。
嵐山が近いこともあって、山の絵をよく書いていた。
山には色んな緑が存在していて、それをアクリル絵具を使って
よく書きました。
山の谷間は暗く、日の当たるところは明るく、シャドウをつけたりしながら
自分なりに書いていました。
するとある日、先生から怒られたんです。
「小学生が影などをつけて書いてはいけません」
もう言っている意味が分からなかった、自分の表現する絵は自由じゃないのかってね。
その辺りからだんだんと絵を書かなくなり、悪ガキへと変わっていった・・・(笑)
先生のせいじゃないけどね(^^)

僕は絵や詩、版画、物づくりをすることで
父親に褒めてほしかったんだと思う。
仕事一本、本当に職人気質の父親だったので褒められることも
認めてもらうこともない、そんな父親に振り向いてほしかったんだと思う。

僕は今、夢新聞講師として親子の前に立つようになって
親の関わり方がすべてではないけどわかります。
「ありがとう」「ごめんなさい」「すごいね」「おめでとう」
そんな言葉を言えない子供達・・・
実は子供達じゃなく・・・親からそんな言葉をもらえないじゃないかと思います。

僕は今、幼少期にやっていたことが今、活きています。
造園のクリエイティブな部分で役に立っています。
これは本当に不思議で、僕は家業を継いだわけでもないのに
その道へ進み、誰かの喜びに繋がっていると思います。

得意なことや好きなことは、自分が選んだんじゃなくて
その道が生まれてくる前から作られていたように感じます。
どんな得意なことでも、どんな好きなことでも・・・
実は人生で必要だから、必要とされるから与えられるような
気がするんですよね・・・・

(つづく)

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山口 佳久
1975年京都府京都市生まれ。 学歴なし、資金なし、資格なし、コネなし、あるのは手に着いた技術と行動力で 2003年に起業。 人はゼロからでも「夢や希望があればなりたい自分になれる」 自然、そして海から学んだ独自のサーフ経営とテクニックではない土台となる人の在り方 を日々発信中。 子供達の未来の夢が叶った夢新聞プロジェクトと出会いから 夢新聞認定講師としても絶賛活動中。

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