人はたとえ「ダメ」と思える状況になったとしても必ず立ち直れる・・・

こんばんは!
「夢とお庭の伝道師」京都の造園店グリーンプラスのサーファー庭師こと山口佳久です。
毎日をありがとうございます。

さてさて、今日は短めのブログです。
今日で阪神大震災から21年が経ちました。
21年前の大地震で被害に遭われた方にはご冥福をお祈りいたします。

その当時、僕は19歳でした。
早朝に大きな揺れを感じて目が覚め、京都にある僕の実家の玄関の扉も
地震の影響で大きく歪み、外にでれなかったことを今でも覚えれいます。

僕の父親の兄弟は、被害が一番大きかった神戸に3人いました。
いくら電話しても、電話は鳴るけど繋がらなかったのですが
そのまま、仕事の予定があったので僕と父親は現場へ行きました。

現場から当時僕のスリッパみたいな携帯電話から何度も何度も電話はしましたが
鳴っていた電話も通話が不可能な状態になり、僕の父親はいてもたってもいられなく
「おい、神戸に行くぞ」と現場を後にして、2tトラックに積めるだけの食料や水、カセットコンロなどを調達して神戸に向かいました。

当然、高速は崩壊していたので兵庫県の山側から神戸に向かった。
高速や国道を使えなかったので、大型トラックの皆さんもこの山側の道を使っていたので
大型同士の離合が困難で、とっても渋滞したのを覚えています。

通常だと京都から神戸までは1時間ほどで行けるのですが
この震災のあった日は、神戸にたどり着くまでに8時間かかった。
山側から神戸の街に入った時・・・震えが止まらないくらいの状況で
あちらこちらで家は燃えていたり、コンビニやスーパーなんかへ人がガラスを割って
入って、食料などを根こそぎ持ち出したり、家や道路もほぼ崩壊していた。
本当にとんでもない光景だった・・・・。

sinsai
僕が神戸に着いた時・・・山の上から見える神戸の街は本当にこんな姿だった・・・

そんな中でも車を走らせ父親の兄弟の家までたどり着いたのですが
建物は壊れていなかったものの、親戚の姿はなかった。
探し始めて家の横のお寺を覗いてみると、多くの人が集まっていたので僕はそこに行ってみた。
「いったい何やってるんやろぉ〜」と思って恐る恐る近ずいてみると
近くの人たちとBBQをしていた(笑)
そして・・・・その中に親戚のおじさんたちもいた。

「おぉ〜〜佳〜〜なにしとぉ〜〜〜」

今でも覚えています(笑)
イヤイヤ・・・心配して来たんやっちゅ〜〜〜ねん!(笑)

電気もガスも水道も使えなかったため、炭で肉を焼いていたそうです(笑)
なんせ、食べるものがなかったしね。
そんな姿を見た父親は本当に安心した様子でした。

あれから21年経ったのかと思うと・・・時が経つのは本当に早い。
ほぼ全壊状態だった神戸もその当時の跡形もないくらいに復旧しています。

そんな行動的だった父親も・・・昨年他界してしまいましたが
僕はそんな父親のおかげで・・・いろんな体験をさせてもらった・・・・

今日、そんな21年前の父親との体験を思い出してしまって・・・少し悲しくなってしまいました。

人はたとえ「ダメ」と思える状況になったとしても必ず立ち直れる・・・
それはダメになる前以上に良くなると言うことです。
人は希望をなくさない限り、何度でも復活できるんだと思います。

あの震災で被害に遭われた方々にご冥福をお祈りいたします・・・・

それでは、また・・・・。

The following two tabs change content below.
山口 佳久
1975年京都府京都市生まれ。 学歴なし、資金なし、資格なし、コネなし、あるのは手に着いた技術と行動力で 2003年に起業。 人はゼロからでも「夢や希望があればなりたい自分になれる」 自然、そして海から学んだ独自のサーフ経営とテクニックではない土台となる人の在り方 を日々発信中。 子供達の未来の夢が叶った夢新聞プロジェクトと出会いから 夢新聞認定講師としても絶賛活動中。

記事を気に入ったらシェアをしてね

  • twitter
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket